ショートストーリー 就職活動

扉を開けて一歩足を踏み入れると、

そこには香ばしい焙煎香が広がっていて、

息を吸えば鼻の奥が刺激されて一瞬にして幸福な気持ちになれる。

喫茶店には、そんな魅力がある。

ひとりで訪れても気後れせずに、ゆったりとした時を過ごす事ができるのも、喫茶店の好きなところだ。

家で淹れるコーヒーも、気張らずにのんびりと楽しめるが、喫茶店で飲むコーヒーは別格だ。

何よりもこだわりの味や香が楽しめるのがお気に入りだった。

大学生の分際で偉そうな事を言うようだが、

就職活動中にたまたま立ち寄った喫茶店で、

僕はすっかりその魅力にはまってしまったのだ。

なかなか上手くいかない就職活動で気が滅入っていた時、

まだ夜の帳が下りる前で酒をあおる気分ではなかったものの、
何か気分をガラッと変えたいような気がして、ふと思い立って喫茶店の扉を開いたのだ。

ストレスを感じたり、嫌な事があると、居酒屋で友人たちと愚痴をこぼしながら酒を飲んで紛らわせていた。

そのくらいしかリラックスできる方法を知らなかった20代そこそこの僕だったが、喫茶店でコーヒーの香りに包まれた瞬間、不思議なリラックス効果を感じた。

ふっと心が軽くなるような、気持ちが切り替わるような、そんな気がしたのだ。

スポンサードリンク

席についてメニューを開いて、コーヒーの種類の多さに面食らった。

こんなに沢山のコーヒーがあるのか、と驚いた。

手書きのコメントで、それぞれのコーヒーの特徴が書いてあるのを
じっくり読んでみたものの、学生の僕にはその違いがよく分からず、
なんとなく一番安いコーヒーを選んでしまった。

それでも、そのコーヒーが運ばれてきて口をつけた瞬間、
なんとも言えない幸福感に包まれたのをよく覚えている。

落ち着いた店内で、お洒落なカップに注がれたこだわりのコーヒーを頂く事が、
こんなに贅沢な気分になれるものか、と感動した。

なんだか一気に大人になったような気がして、
同時に、就職活動で鬱々としていた気分が軽くなり、
よし、もうちょっとがんばろう、
と前向きな気持ちになれた。

それからすっかり喫茶店でコーヒーを飲むことが楽しみになった。
僕は無事就職先が決まってからも、
卒業論文で行き詰る度に喫茶店でコーヒーを飲むようになった。

お店の方からも覚えてもらえ、会話を交わすようになり、
様々なコーヒーの知識が増えていった。
味覚も研ぎ澄まされていくようで、味や香りの違いが分かってきた。

気分に合わせてコーヒーを選んで、リフレッシュしてから気持ちも新たに卒業論文に向き合う
と不思議とキーを叩く手が軽くなった。

卒業して、社会人になっても、しんどい時にはここに来れば大丈夫。

そう思うと、僕はこれからの将来への不安が軽くなり、
少しずつ開けてくる大人の世界に、逆にわくわくとした楽しみを募らせるのであった。

Follow me!